consciousness

~未来意識へ向けたコラム~

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お金のない世界を想像してみた

 

ヴィーナス・プロジェクトという概念が提唱されているらしい。   wikipediaによると、貨幣ベース経済に替わる資源ベース経済(resource-based economy)の構築を目指す、構造力学者・工業デザイナーのジャック・フレスコ(Jacque Fresco)が合衆国フロリダ州ヴィーナスで創始した非営利団体であるとある。まず、今すぐに実現できないことは当たり前だけれど、この考えがどう考えても効率的で、未来の社会システムのベースになるんだろうな・・・と、漠然と感じることは確かですね。 やっぱり、テーマは「愛」でしょうか。   未来といっても、せいぜい何百年、という単位でしょうか。少なくとも何十年という単位では到底ありえない。だって、悲しいかな・・・この概念を知る人はごく少数でしょうから。まずは知ることから始まるという序章ですかね。

きっと、否定する気満々の人もいるかもしれません。

物理的には、「今日からお金はなくなります」と、国連か何かの国際連合が世界宣言すれば成り立つけれど、そうはいかないでしょう?   しかも、今の社会や世界の情勢のままそんなシステム成り立つわけがないですね。今の概念や価値観で考えるとかなり浅はかな想像しかできなくなると思います。

今の価値観や概念を捨てる、言ってしまえば、一度作ってしまった社会システムの変革は大きな意識改革とある意味、記憶喪失とでも言うべき意識のゼロ、つまりリセットが必要になりますね。   なんでもそうですが、ゼロからの構築は簡単なんです。出来上がったものを全く違う形にすることは大きな痛みと破壊が必要になります・・・。

例えば、何もない平原に美しい都市を築くことは難しいことじゃないけれど、東京のようにすでにある都市を美しい模様のような形に作り上げることは大きな何もない平原よりも莫大な力が必要になるのと同じことです。

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貨幣システムを捨てるには高度な教育と愛が必要

精神の高さが必要ってことです。いじめがなくならないような世の中ではまず難しいですね・・・。

これは社会システムの前に、教育のシステムが高度化され、社会福祉が充実し、単純労働が機械化されていく時代と並行してできあがっていくシステムなんだと思います。   このシステムを強制的に適用して、痛みに向き合いながら調整していくのか、それとも精神が先か・・・。いや、このシステムができてこそ未来的人類の精神の進化が促されるのか・・・。     今は、綺麗ごとばかりも言っていられない現実が邪魔をしてしまいますが、お金というのはまず、「必要悪」という価値観の共有から始めるしかないですね。

いやいや、難しい・・・。お金は悪ではないんですよ?今の社会の価値観では。

だって、お金がなくちゃ豊かになれない世界なんですから。それが貨幣経済のシステムですから。   価値を提供する代わりにお金を頂くというのは、はっきり言って切り離せない概念ですね、今の社会では。

どうしたってお金がなければ生み出せないものばかりです。

”何か”を生み出してきた人はお金なんて意識してないのかも

世の中に本当にいいものを生み出している科学者や技術者や哲学者は、はっきり言ってお金なんて後からついてきてるんだと思います。   お金のためでは到底なしえない、仕事なんですよ。”何か”生み出すというのは。単純に楽しいだけかもしれない。単純に社会貢献の精神かもしれない。単純に好奇心かもしれない。   気が付いたら、お金があった・・・くらいのものでしょう。「お金を稼ぎたい」と思っているうちは、お金から解放されないのかもしれませんね。

でも、現実はいいものを作るには莫大なコストもかかります、素晴らしい研究にも莫大なコストがかかります。はっきり言って、お金というものが障害になって、停滞してしまっていることはたくさん世の中にあるわけなんです。   素晴らしいものなのに、お金がないという理由で進まず眠っているプロジェクトや高額すぎるという理由で、市場に出回らない商品もたくさん存在してます。

もったいないですよね。これが効率化された社会の最大の発展の形と言ってしまうには、ちょっと想像力が足らなすぎます。   でも・・・いまのところは、「お金のない世界」こういう概念もあるんだなくらいで心のどこかにとどめておきたいですね。でも、きっとそうなるんでしょう。そう遠くない未来に。

邪念を捨て、幸せな社会が形成される

いい暮らしがしたいというのは誰もが思うことですね。でも、いい暮らしをするのにお金は必要なくなれば、お金の価値は無くなり、争いはなくなりますよね。

「詐欺」という言葉も、「騙す」という言葉もなくなっていくでしょうし、「奪い合う」という概念もなくなって、共有するという概念が当たり前になっていくでしょう。   犯罪なんてこの世から消えるでしょうし、「戦争」なんて言葉は死語になりますね。

人々の精神は想像を絶するくらい高いものになってるはずです。   つまり、お金なしでいい暮らし・・・それは必要なもの、欲しいものがタダで手にはいるということか。 いやいや、 こういう考え方をしてしまっていては、絶対に成り立たない社会システムだということ。邪念が邪魔だということ。それがあるうちはそのシステムもなかなか定着しないでしょう。

そういう意味では、そういった邪念を捨てきれない人たちにより、痛みを伴う時代もあるかもしれない。   働かなくてもいい暮らしができる?毎日遊んで暮らせる?いやいや、違う。   お金のない社会ではそういった考えをする人はまずいなくなるでしょうし、そういう考えでは社会は退化していくのみで発展していかないことはわかると思います。   寝て、食べて、遊んで、暇で社会が進化していくわけないですよね?

社会貢献という概念は、DNAに刻まれる本能的なものになる?

 

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労働を喜びとしてとらえ、創造として考えられ、「競う」という概念は、どれだけ社会貢献しているかということに限定される考え方になっていくんでしょう。 いや、想像するのが難しいので何とも言えないですが、「競う」という概念はもっと違った表現に変わるかもしれない。

新しい言葉も生まれるかもしれません。   「社会奉仕」という概念が今の社会にありますが、似ているかもしれません。でも、奉仕という意味はきっと違った意味でとらえられているはず、   要するに、当たり前の価値観として人々は生きている社会ということ。

”してあげる”という考え方はなく、もはや当たり前として存在しているはず。 弱者も強者もいない。つまり、人の仕事は、大きな目標や目的を達成するために集約していく。単純労働はどんどん機械化されていく。 人にしかできないこと、つまり「創造していくこと」、「守ること」、「育てていくこと」、「教えること」だけが労働になっていく。労働概念は「社会をよりよくしていくこと」という意味。

人類皆家族

「感謝」と、「社会奉仕」の精神が人の心に深く根ずいている社会。お互いに支え合うという精神。それはすなわち家族。家族は血縁だけではなくすべての人が家族という精神。   お金を稼ぐことが=労働ではない社会。

なんか、すさまじいくらいのユートピアですね(笑)   あっと驚くテクノロジーも、そんな思いの集約と人と、お金のない世界ではすぐにどんどん生まれていくでしょう。   想像してみれば、やっぱり精神的な進化が絶対的に必要な社会ですよね。もし、誰かがやってくれるから・・・なんてことを考えてしまったら社会が成り立たなくなります。つまり精神的な自立は必至です。

ざっと、想像してもこれだけ出てくる。でも、そんな思いで生きる人々がどんどん増えていけばいいですね。

最後に

今の時代は、「折り合い」の時代と、「グラデーション」な時代ということも言えるかも知れない。脱皮していく時代ということかも知れません。   貨幣経済システムはいつ終わるのか・・・それを想像するだけでもワクワクしてきますね。

今はひっそりと耐えることとしましょうか。でも、人が想像できることは創造できるということで☆   まずは世界的な平和。すなわち「人類みな兄弟」をもっと当たり前にしていくこと。 小さなことから達成していくことがたいせつですね☆。

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