思うこと。希求。それは…

暮らしを自然を意識して再構築してみようと思う。

サンキャッチャー

生まれて30年。自分が何気なく営んでいる日々の暮らしのいろいろが、自然とか自分の身体にどんな良くない影響があるかなんてあまり考えてきませんでした。どこか純粋といえば聞こえは良いんですけど、良くないものを世の中に作り出していこうなんて考えている人や会社が存在するわけがないと思っていたんですね。

 

政治もそうだけれど、当たり前に世の中を良くしていこうと考えながら社会とか世界は進んでいるのだと思っていました。誰もがそうなんだと思っていました。

 

でも、違うんだなってある時、気づいてしまうんですよね。でもたぶん私の勘違いななんだって誤魔化してきたような気もします。それでも信じたかったんですよね。

 

それで、なんとなく嫌なエネルギーみたいなものに気づく度に、理解がどうしてもできなくてわからなくて、もどかしくもあったんです。今でもわかりません。頭ではわかるんですけど、やっぱり気持ちはわかりません。弱肉強食?なにそれ?って感じです。

 

みんな幸せに生きるために働いているし、生きている。それなのに、どうして何かの犠牲のもと作られる豊かさが存在できるのかが理解ができないんです。

 

私は馬鹿なのかもしれません。犠牲のもと成り立つ利益は世界を混乱させて偽善的にしていく気がします。何も変わることがない堂々巡りの世界です。

 

話は戻りますけど、急に自然というものに対して意識を向けることが多くなって、現代の生活の中の暮らしをどれだけ自然に寄り添った暮らしにできるのかって考え始めて暮らしの再構築を始めたんです。

 

あくまでも私個人の変化の話で、それを誰かに強制するとか、そうでなければならないって話ではないので誤解して欲しくないんですけど。あくまでも何気なくではなく、意識しないと自然を傷つけてしまうってことが残念ながら、現代の暮らしには多いみたいです。

 

具体的にどうなのって考えると、細かいことを考えればたくさんあるんですよね。普段使っている洗剤とか、食べているものに含まれているものとか、ゴミとか。すごく生活のパーソナルな部分でそれが自然にどんな影響を与えるのかってことを考えはじめました。

 

もちろん、だれも自然を壊そうと思って暮らしている人なんていないと思うんですけど、でも何気にしていることが残念ながら間接的に自然を壊すことにつながっているということはたくさんるんだなーって思います。

 

「少しなら大丈夫」、「少しなら影響は少ない」、「基準値以下なら許可されている」そういう言葉がとにかく多くて。少しならって、それが何億、何十億人がそう思ったらもはや、「少し」じゃないんじゃないかなって思ったんです。

 

だから、あくまで私個人として、生活を見直してみようと試行錯誤、取り組み始めたんです。普段生活で改善することはそんなに大変なことは何一つないと個人的には思いました。でも、そういうことをリサーチしていくと新しいことなんて何一つなくて、昔からの知恵とかそういうものの中に沢山埋もれているんですよね。

 

そして心が共鳴する事柄に出会えたりもします。わ!!素敵!!みたいな。

 

現代の当たり前の生活の中で生まれた私は何も教わっていないし、受け継いでいないんだなって自分自身にがっかりしたりもしました。

 

だから、自分から改めて勉強したりリサーチしたりしながら暮らしを楽しんでいます。ベランダガーデンを始めたり、保存食を作ることが多くなったり、掃除の仕方も変わったし、日々のお腹を満たしてくれる食事は野菜料理になりました。

 

生活のパーソナルな部分では、そんな大きな変化はないし、負担も感じないし、むしろいろんなことがシンプルになって、調子が良いんです。体調もいいです。心も安定しています。

 

必要だなって思ういろいろなものも、暮らしをつくっていくための道具に対して思うことが多くなりました。

 

物欲とか、食欲とか、ものすごく少ないタイプの人間なのでスムーズな変化を体験してます。でも、植物を育てるためのいろいろとか、料理を作るためのいろいろとか、DIYするためのいろいろとか、そういうものがほとんど生活になかった。

 

だからそういうものを少しずつ揃えていってるんです。道具ってやつですね。原料とか(笑)

 

自分で作るってことが子供の頃から好きだったことを思いだしました。大人になっていろんなことに心傷めて悩んで、苦しくて、そういう日々で見失ってしまっていた気がします。

 

でも、今は暮らしが楽しいし、したいこともたくさんあるし、目標とか夢とか、たくさんあります。ワクワクすることも。

 

もちろん苦しいことも、問題を抱えている自分の境遇もあるけれど、たぶんそういう辛いエッセンスがいろんなことに気づかせてくれるスパイスになっているんだろうなってポジティブに考えるようになったと思います。

 

一つ一つクリアしながら問題と付き合っていこうという思いを抱けるようにもなりました。それらにとらわれて何も見えなくなって、孤独になってつながりを失うことはとても恐ろしいことです。

 

自分が自分がってなると、心が荒んでいきます。不安とか恐怖とか焦りとか、あまり良くないものがやってきて道を塞いでしまいます。

 

それはそれ!と、区別して暮らしの再構築を楽しんでいきたいと思います。この現代都市の生活?を自分なりのネイチャーフレンドリーな生活に変えられたら、次のステップに行きたいと思います。

 

まずは、今の暮らしでどれだけできるのかを実験中です。

 

essence-life.jp

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