思うこと。希求。それは…

無意識のレベルで環境や人に優しくあるにはどうしたらいいのだろうと考えたりしてる。

それを考えてこなかったから、今いろんなところで社会問題がはびこるようになってしまったんだと思います。

 

子供の頃から「それって、当たり前なんじゃないのかなぁ?」と思っても、それは理想論なのだとか、青臭いだとか言われてしまうので、何も言わないのがスタンダードになってしまいました。

 

いろいろと考えるんですが、社会はどうして初めから優しい方法を、誰も傷つかない方法を考えて、プロダクトを生み出したり、サービスを生み出したりしなかったのだろうと。

 

もちろん、考えが及ばずにミスしてしまうことや抱えている問題を見逃してしまうこともあるかもしれません。いろんな問題をクリアして社会全体で発展してきたとも言えるのでしょうけど、”それなりのもの”を生み出せるシステムや組織が、考えられないとは思えないのです。気づいた段階で、軌道修正をできないのは利益のためなんですかね。

 

おそらくそれが拝金主義というやつなのかもしれませんね。

 

お金を稼ぐことが悪だなんてもちろん思いません。お金は生活そのものとして考えることは必要な社会の仕組みになっていますから。お金を稼ぐことと、拝金主義は違う次元だと私は思っています。利他と利己のバランスが崩れたとき、拝金主義ビジネスは生まれてしまうのかもしれません。

 

もし、誰かが傷つくかもしれない、自然が破壊されるかもしれないと、感じたのに、見ないふりをして計画を進めたのなら、それは拝金主義のビジネスだと言えてしまうのではないでしょうか。

 

「誰かが得をして誰かが損をする」そういう経済を、終わりにできる日は来るのでしょうか。”循環不全”って私は読んでるんですが。

 

その誰かは、人だけではないですよね。その一つが自然。

 

プラスティック製品を減らそうという運動が始まっています。世界中で。

 

参考:プラスティックを減らそう

 

でも、どうしてここまで放置したのだろうと思ってしまうんですよね。なんで、ここにきてこんなにもつけを払わされてしまうのだろうと。

 

私は、プラスティック製品には単純にしっくりこないものが多いから買わない選択をすることが多くなっています。昔からこうっだったわけではなくて、大人になってから自然とそう感じるようになったんです。

 

また、「買っては捨てて」、「使っては捨てる」という、どこか本質からずれた消費の仕方が私的にはしっくりこないと感じていたので、「マイボトル」や、「マイハシ」など、そういうものは無意識に選んでいました。環境に優しくという意識でそれをやっていたわけではないので、結果オーライと言えばオーライです。

 

生活をナチュラルながらにスマートに洗練させたくて、自分の好きなテイストを盛り込んで自分らしい営みを意識的に作っているのですが、その結果、無意識に環境に優しくなれていたのかもしれません。

 

これからは、そんな風に私たちが無意識に選んでも、環境にやさしいかどうかを考えて企業はプロダクトを生み出す努力をしないといけないことは必須と言っても言い過ぎではない気がします。

 

もちろん、環境破壊するために普通の人々は生きているわけではないので、選んだものが結果的に環境破壊につながるのなら、それらを生み出した組織や社会の責任はかなり大きいと思います。みんなの責任と言ってはぐらかす風潮が寒々しくてしらけることも多々あります。

 

そもそも、意識しないと環境に優しくなれないというのが、不自然なんですが、都市型の生活を送っている以上は意識しなければならない状況になっています。田園型の生活や自然により近い生き方をしているコミュニティーや人は、そもそも普通に自然と営んでいることが自然との共生につながることだったりするので理想的です。

 

でも、「環境問題を考えましょう」って言われると、なんだかちょっと言葉にできない違和感を感じることがあります。別に環境破壊しながら生活したりしてるつもりはほとんどの人にはきっとないはずだから。

 

その環境に悪い商品を生み出したのは、どなたなのでしょうか?と、ちょっと皮肉めいた気持ちを抱いたりします。実際、その辺はうやむやにされるんですよね。

 

シンプルなことだと思うんです。「自然」という字を今一度見つめてみれば、自然が「自然」であるということの意味をつかめるんじゃないでしょうか。それを考えながらの生み出していくことを私はしたいと思います。

 

ここまで遠いところまで来てしまったものを戻すには、進むよりも何倍もエネルギーが必要になりますね。しかも、そのエネルギーはかなりしんどいエネルギーです。溜息出そう。

 

素敵なところに進んだものを戻す必要はないので、勝手に自動的に素敵なところに進んでいく仕組みづくりが大切だなーと思います。

 

どんな商品を選んでも、環境を破壊しないことが最低条件である世の中であったほうが素敵ですね。

 

そういった志しで、高貴で崇高なコンセプトをもとに何かを生み出したとして、その目的や本質が人々に届かなくても無意識にそれを選んでもらえれば、勝手に世の中や自然は、あるべき姿を取り戻す方向へとベクトルが向きます。まずはそれでいいんじゃないかなとも思います。

 

難しいことかもしれないですが、結果的に長い目で考えても、良いことしか起こりません。そこにやるせなさを感じても自然は100%味方してくれるのを感じているのでやる意味は大きいです。私は少なくとも、そういうプロダクト積極的に選んでいます。

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私は商品を選ぶときに、結構リサーチするんです。この商品にはどんなエピソードや思いがあるんだろうって。そういうのを探すのも楽しいので、それはそれで、このあべこべな世の中を楽しむ要素でもありますね。

 

意識的に商品を選ばなければいけない時代になってしまっていますが、この時代から学べることをたくさん学び取って、つなげていけたら無駄にはならないはずです。

 

 

essence-life.jp

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