本質はシンプル。そして優しい。ワクワクする素敵なもの。体現された純粋さ。

自然の温もりに癒され、絵になるオシャレな食器。

アカシヤの食器大好き!
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この食器の魅力はしたたかに醸し出す個性。

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木製のナチュラル感が温もりと癒しをくれる。いや、癒しを頂戴!なんて、そんな欲張りな思いを抱いてなんかいないけれど、そっとさりげなくくれる優しさ。たまらない。

テーブルに置くと響く、コトンという鈍い音。好きです!

 

食器なのだ。これは食器。それなのに現代で洗練された木製の食器は未来にも変わらない普遍性を感じさせる存在感がある。

 

形や種類もバリエーション豊かで、いろんなメーカーやブランドから出ているけれど、バラバラに入手しても「アカシア」という結びで繋げてくれる。

 

そう、集めたくなるのだ。「機能性を持つ食器」という、無機質なものではなく、集める楽しみをくれるのだ。(いや、わかってる・・・アカシアだけじゃないけどね。)未知なわけ。アカシアから生み出される食器は出会いが未知なわけ。把握できない。

 

量販店やお馴染みのあの家具屋さんにも、一角に必ずいるアカシアの食器や雑貨。

たとえ大量生産されてものだとしても、微妙な曲線やいびつ感、木目は一つとして同じにはならない。

自動的に一点もの。したたかにさりげなく個性を主張するのだ。

 

出かけた数々の雑貨屋やアンティークショップで、様々なデザインのアカシアの食器に触れる。うん、迷わず手にとれるのはやっぱりアカシアという結びが後押ししてくれるから。

 

ナチュラルハーモニーな食器。

勝手に統一感が出ちゃうのは、自然素材で作られているナチュラル感がそうさせるから。

 

 

自然界に、同じものは存在しないけれど、自然そのものは調和してそこに一つの作品を作り出す。

 

その作品は意識して作り出されるものではなくて、自然に作り出されるアートのようなもの。

アカシアの食器も、そんな魅力を感じさせてくれるような存在のひとつであると感じちゃったりして。

 

オーバーでしょうか、そのくらいアカシアの食器に惚れこむのは私だけでしょうか。

 

クラシカルな木製の趣は、現代生活の中でも浮くことはなく普遍性を感じさせる。

直線の中に感じる、静かな曲線は並べておいて置くだけで、どこかファンタジックな趣を漂わせてくれる。

使いこめば使いこむほど味が増してくる。少し古ぼけても価値を落としたようなそぶりを見せない佇まいに普遍性を感じてしまう美しさ。

 

アカシアサラダボウル

アカシアのサラダボウルを探してみる

 

料理をひときわ美しく、美味しく、洗練させる。

アカシアのサラダボウルで、みんなでパスタやサラダを頂く。なんのとりとめのない日常のひと時が、ちょっとだけ贅沢になっちゃたりして、パーティーなんかには華やかなテイストをさりげなく放ってくれたりする。

 

 

アカシアのプレートなら、ランチタイムの軽食だって満足感は倍増。

副菜をちょっと工夫して添えちゃったりして。普段しないくせにちょっとだけ頑張っちゃうランチ。

 

どんぶりものだって、いいじゃないか。アカシアに包みこまれたスマートなどんぶり飯。

 

料理も美味しそうに見せてくれて、素朴な質感が料理を引き立ててくれる。乗せられる料理も多国籍に対応する懐の深さには惚れ惚れしちゃう。

 

和食だって、フレンチだって、イタリアンだって、中華だって、ジャンクフード・・・?だって、スライムだって、精進料理だって、どんな国の料理だってマリアージュ。

 

アカシアと料理

 

日常を彩りながら、どんなテイストにもどんな場面でも場所でも馴染むインテリア性。

 

小物置きにしたり、ポプリを置いたりして部屋を彩ったり、使い方次第では暮らしを素敵にする豊かなツールに早変わり。

 

朝日も、夕日も似合う、緑も大空の下でも、草原の中でも…。アカシアの食器はどこでも生きちゃうんだよ。

インテリア性という観点からも、どんなテイストにも合うし、ナチュラルカントリーとか、フレンチカントリーとか、そういうテイストのキッチンを表現したいのなら、間違いなく選びたいオシャレな食器のひとつに私の中では上位に来る。

素敵なアカシアの食器との出会いをこれからも楽しみにしてる。

 

アカシヤの食器大好き!

アカシアの食器を探してみる

 

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