思うこと。希求。それは…

みんなが集えて自然のリズムが散りばめられた帰りたくなる場所づくり

天国へようこそ

夢というか、目標?なのか、漠然としたものを少しでも形にしていくためにここに残しておこうかなと思って書いています。

 

まず、これは別に新しいことではなくて昔の日本、いや世界中に存在していたものだと思っています。今だって存在しています。

 

ロシアのダーチュニックや、アメリカのアーミッシュのコミュニティーだってあるんだもの。アナスタシアという本の中で語られていることを拝借すれば、「一族の土地」みたいなものですね。

 

それはいわゆる自然から切り離されたような場所ではなくて、自然そのものがそこにはあるというイメージです。土地に家があって完成ではなくて、自分たちで”生きた庭”をつくったり、自然素材でできた家を暮らしの中でアップデートしていったり、そして自然のリズムに沿った暮らし事に溢れた天国みたいな場所のことなんです。

 

たとえば、ターシャテューダーというアメリカの有名な絵本作家でありガーデナーがいますが、あの方が作り上げた庭も私の中では生きた庭のひとつだなって思います。ほんとに素敵な暮らしを体現されてましたよね。

 

庭とはいっても、思い描くイメージによってさまざまな形があると思います。いわゆる無機質で画一化されたものではなくて、もっとより自然に近いイメージで作り上げていく庭のことを”生きた庭”と私は言っています。生態系とか自然のつながりをデザインしてくという感じです。ちなみに暮らしそのものも自然とつなげていくイメージです。

 

そこは大地に触れることができる場所であり、食物をつくる場所でもあり、汗を流して体を動かすアクティビティにもなる場所でもある。その場所に住む人たちにとって最も最高な食物が実り、私たちの愛や情報が土地に伝わり、そして植物たちもそれに応えてくれる。

 

そんな庭です。これは余談ですが、ある土地に人が住み始めると、その土地にはその人たちにとって必要なフィトケミカルが含まれるハーブや野草が生え始めるんだそう。

 

こんな風に自然からのギフトを受け取れる地球ってすごいですよね。端的に言うと、庭に生えている雑草はあなたの身体の病気や不調を治す力があるっていうことです。これはいわゆる身土不二にも通じていて、人間が自然とつながっていることを示しています。

季節に合わせた手仕事もそんな愛情深い庭の自然の中から材料を自分たちで調達し、季節を感じさせてくれる旬の草花もそこにはあって、自分たちが育てている庭が大地の息吹を教えてくれて、自然のリズムもより体感しやすく、エネルギーも枯渇することはなく、ヒーリングもしてくれる身近な自然となる場所です。

 

また、自分たちが食べるためのものを作るということはもちろん、芸術活動、創作活動としての庭づくりも含まれます。メインとなるのはやはりそこなんです。そんな庭づくりがライフワークとして基盤にある暮らし。

 

それなしには何も語れないというか。そこを目指さないと何も見えてこないというか。喜びも感じられないし、私はきっと何も発信できない。ただ生きるしかばねのように、誰かが作ったものをただ享受して、私の魂が体感したいと望んでいることには到達できない。

 

地球と調和して暮らすとか、そんなことは大げさなことでもなんでもなくて、高尚な事のように語るのもおかしなことです。現代ならではなのかもしれないですが、それが普通だった時代が古代にはあったわけですから。

 

生きた庭づくりは宇宙を感じることでもあって、意識の世界への入り口でもあるし、太古の人が培ってきた叡智に触れることでもあるし、集合意識や大地の記憶に触れていくことでもある。

 

全部、包含したライフワークにつながっていると思うんです。やっぱり自然に触れている人の話すことには哲学があって、自分で体感しないときっと、本質まではたどり着けないんだろうなって言う眼差しを感じるんですよね。

 

知識として理解することとは別次元のその感覚は、自然の中にいないと絶対に体感できない!それはものすごく幸福感を与えてくれることを私は体感したことがあるので知っています。

 

でも、もちろん私は現代型の核家族の都市型暮らしの中で育って、知らないことだらけで、でも知らないから心が満たされなくて、知ろうとしないと学べないことだらけになってしまった、現代の暮らしを痛感しちゃっているわけです。

 

自然と密につながるひとときは、たくさんのインスピレーションを降ろしてくれることを私も経験しています。それは宇宙のことだって、内観によって知ることができるということ。情報を追って、あれもこれも勉強しなくちゃなんて思わなくてもスっと入ってきて、そして何が今必要な事なのかを的確に教えてくれます。

 

自然ってそういう存在なんですよね。

 

第六感や松果体だって活性化されて、誰もがそうありたいと願わずにはいられない”純粋”な人間に一歩でも戻っていくことができたら、地球の未来は天国のようになるんじゃないかって思うんです。

 

こういう暮らしって大昔は有難くも当たり前の暮らしだったと思うんです。でも、いつの間にかそれが当たり前じゃなくなってしまった。家族もばらばらになってしまった。暮らし方もなんだか無機質で文化的じゃなくなってしまった。

 

このままの延長線上に生きていては希望を見いだせないと思った私は、そんな暮らしをいつか取り戻せたらと思うことで、生きる希望にしてきたところがあります。仮にたとえ、この人生でそれが叶わないとしても、叶うのが晩年になったとしても、それを思うことで希望になっていたということがあるんです。

 

これは私だけではなくて、もしかしたらこのブログを読んでいるあなたも同じことを思っているか、もうすでに実行しているということもあると思います。

 

私自身はいろんな問題が立ちはだかっていて、ちょっとくすぶっているんですけどね。私はいろんなマイノリティーが詰まった人間なので課題が多くてめげそうになることもありますが、このサイトを立ち上げたのも、できることからやっていこうと思ったからです。

 

誰かだけがやっても意味がないことだし、誰かが統括してやっても意味がないこと。日本中、世界中に自らそんな思いで自分たちの故郷となるような場所を作っていかないと意味がないんですよね。そういう意味で私もそういった志を持った人間ということで現実を体現していかないとなって改めてイメージングしてみました。

 

家族が集まり、エネルギーに満ちた庭で様々なイベントを企画してシェアし合って招待し合う。安心して年月を重ね、地球で生きることに自信を取り戻していけるような場所。

 

そんな、自分たちが作り上げた天国みたいな場所が増えていくことを願っています。

 

NEW ENTRY

天国へようこそ
みんなが集えて自然のリズムが散りばめられた帰りたくなる場所づくり
身体によい食べ物という幻。自分の身体を知っているのは自分だけということ。
紫陽花
雨の日の憂鬱は人間の自然な生理現象。
映画「ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方」観たら、未来を見ているような感覚になりました。
夕映えの海に浮かぶ鳥居
ボーとする時間があれば、たぶんなんとかなる。
エネルギーの高い言葉で心とつながりを強化する。言葉遊びしたくなってきた。
静寂の町
6月末の早朝。お散歩のゴールデンタイム。
敏感で繊細でいい。
敏感で繊細で感受性が強いって最高じゃないか。気を使うということは奉仕精神の最小単位だと思う。
地球と社会と個人の暮らし。世界は個人の暮らしの集合でできている。
マシュルームと玉ねぎ
とりあえずのランチ、とりあえずのディナー、とりあえずのおやつ。
一輪の水仙
欲を抑えたら、人生はもっと豊かになると思う。
世の中は相対的なもの。自分のイメージを作り出すための行動だけが意味を持つ。
ミニマリスト。目指したいのはミニマムじゃなくてミニマル。
感謝を忘れそうなときでも感謝できる存在。
どうせ、「立ち向かう力」みたいなの湧き出てくるから、逃げたいときはとことん逃げればいいと思ってる。
無意識のレベルで環境や人に優しくあるにはどうしたらいいのだろうと考えたりしてる。
おいしいベランダ
情動の風。春は情緒不安定?
油揚げ焼き
最近ハマっているおやつ。
星の王子さまの本
世界全体が幸せにならないうちは、一個人の幸せはありえない。
麻袋
心ときめくもの。
サンキャッチャー
暮らしを自然を意識して再構築してみようと思う。
多面的な世界の果てで。正しいも正しくないも流動的なもの。
ありのままにいるということの難しさみたいなもの
ハッピーのエッセンス。「自由」という状態が幸せのベースであると強く思う。
夕映え
自然の中の発見と出会いはそこら中に散らばっていて。
新芽の季節
春を迎えて、小さなベランダガーデンも少しずつ賑やかになってきました。
イントロダクション
雨降って、晴れたとおもったら、時々曇って、土砂降りの雨で、快晴。それで上出来。
菜食料理
生きるための営みと仕事を曖昧にしたい
人生は暇つぶしだ。
夕映えの桜
春ってあきないね。